原チャリスクーターには本当にお世話になった
学生時代の相棒はホンダのリード
そして今もまた、50ccに乗っている
◆初めての相棒
リッター100km走ったスーパーカブに憧れはしたが、クラッチの切り替えがめんどくさそうだったので、最初にお世話になったのは原チャリスクーターにしては結構大ぶりのホンダのリード。確かリッター70km。燃料タンク5リットルだったので満タンで350kmも走る。原チャリ恐るべし。学生時代に原チャリスクーターに慣れ親しみすぎたためか、結局中型免許を取らずに今に至る。
◆50cc生産終了と決断
新排ガス規制により2025年10月31日をもって国内では50ccの原付一種モデルの生産が終了。実はそれを見越して昨年6月中古の原チャリスクーターを購入。10年落ちのヤマハのVOX。走行距離がなんと50km。購入した店の人の話によると前オーナーは仕事用にスーパーカブ、旅行用にVOXをと同時に2台購入したそうだが、ことのほかスーパーカブがよかったので、結局VOXは乗らずに10年間小屋に置いていたとのこと。自分としては仕事用として燃費のよい、走行距離の少ない原チャリスクーターを考えていたので早速購入。空冷ホンダから水冷ヤマハへの乗り換えです。
◆学生時代の無謀な旅
ホンダリード。これに乗って新潟(上越)から秋田に帰ってきたこともあった。一番の思い出は卒業記念旅行と称してまだ寒い3月にリード、ラブ、スーパーカブの原チャリ3台で上越から長崎まで行ったこと。飲み会で坂本龍馬の創設した亀山社中跡?を見に行くことが決定。それをみんなに風潮し、みんなから餞別をもらい、みんなから見送られて上越を出発。当時ヘルメットの着用義務はなかったので、ノーヘルで3月のやや寒い風を感じながら進む国道8号。しかし新潟県糸魚川の親知らず子知らず峠で雪に当たった瞬間、やる気と意欲が一気に削がれる。しかし餞別をもらい、手を振って見送られて新潟を出ずに戻ることは流石にできない。「せめて新潟は出よう」と3人で励まし合いながら、初日の目的地、滋賀の琵琶湖近くの同級生の寺に無事に到着。
◆フェリー作戦
2日目に目指すのは大阪南港。大阪南港から大分別府までフェリーで行く作戦。フェリー作戦はみんなには内緒。みんなは近畿、中国を通り、下関から九州に渡るもんだと思っている。聞かれていないから言っていないだけ。嘘はついていない。誰も悪くない。大阪南港のフェリー乗り場ではほとんどがトラック。そこにちょこんとすまなそうに原チャリ3台。瀬戸内海の海は大揺れ。横浜のラブと石川のカブは船酔いしまくったが、秋田のリードは酒以外では酔わない。秋田の勝ち。
◆阿蘇越え
早朝別府港につき、ここからはいよいよ難所の阿蘇山越え。ここでは吹雪に見舞われる。勿論ここで帰るわけにはいかない。確かこの日はなんとか熊本駅に着きの民宿に疲れを癒やしたような。次の日は大牟田、久留米、佐賀を経由して確か長崎に着いたような気がする。何せ40年前のこと。
(人生の一滴)
あの無謀な旅があったから、今も小さな挑戦を続けられるのかもしれない
(つづく)
