アコギの思い出

 あの頃みんな若かった
 怖いものなどなかった
 お金のなかった

 ◆70年代フォーク

 中学入学頃は1970年代フォークソング時代。ずっと上の先輩たちは拓郎と陽水。自分の時代は、四畳半フォークと呼ばれる、弾き語りで生活や心情を歌うというどちらか言えば暗い時代。中学の先輩に習い、かぐや姫、NSPにはまる。大人になってから中学生時代何にはまっていたかを聞かれた際に、堂々とかぐや姫、NSPと言えない自分が悲しい。

◆Bmの挫折

 中一野球部12人中11人がアコギ購入。自分も新聞配達をして当時2万円のトムソンというアコギ購入。大人になってGibsonを真似て作ったアコギらしいことを知る。当時はGbsonさえ知らない。師匠は同級生Y君。当時カセットでかぐや姫ライブの「神田川」を聞きながら楽譜にする師匠だったので、それを基に「神田川」を手取り足取り?教えてもらった。しかし、途中で出てくるバレーコードのBmがどうしても押さえられない。ポンポンとギターの音とは思えない音が出るので一端挫折。Bmのない曲を探して逃避。これだから成長しない。結局中学卒業までしっかりBmを押さえられなかったような気がする。

◆「22歳の別れ」

 大学生時代、友達からモーリスのアコギを1,000円で購入。当時のドラマで、キャンプファイヤーの場面で火の周りにみんなが集まり、一人がアコギで「22歳の別れ」を弾き、みんなで肩を組みながら歌っている姿に憧れたのが理由。何せBmのコードがない曲。大学生時代は弾けるコードは弾けるし、弾けないコードは誤魔化しながら弾くことを覚えたので、もっぱら長渕剛と浜田省吾、尾崎豊を弾きまくっていた。

◆アコギ購入

 就職した際の給料でアコギを買う…、と言いたかったが、実はパチンコで大勝ちし、無くならないうちに何か形のある物を残そうと思って買ったのがモーリスのエレアコ。これ以来リサイクルショップやネットで中古のアコギを買いまくる。結論。当たり前だが、いくら高いアコギを買ったとて、弾き方が上手になるわけではない。

◆「落葉」

 30歳頃。北海道の礼文島から帰るフェリーに乗ったとき。埠頭にギターを持った若者が現れ、何人かの集団で吉田拓郎の「落葉」を歌ってくれた。手を振りながら「また来てね」「ありがとう」と叫びながら熱唱している姿に感動し、思わず涙する。自宅に帰ってからひたすら「落葉」を練習したのを覚えている。

 現在所有ギターは3本。たまに弾きたくなって、吉田拓郎、長渕剛、浜田省吾、かぐや姫、NSP、尾崎豊の楽譜を引っ張り出してぽろぽろやっている。

(人生の一滴)

 上手くはならなかった

 でも、やめなかった