愛すべき我ら刈和野衆②

 ふるさとは刈和野
 全然都市でもないけれど
 伝説は数々

◆我らが先輩

 諸説ありますが、秋田県内にて「刈和野衆」的な呼び名があるのが、「土崎衆」、「新屋衆」、「角館衆」の4つらしい。刈和野には大綱引き、土崎には曳山まつり、角館にはやま(山車)行事。また、「新屋衆と崎衆が歩いた後には草も生えない」といったフレーズもあるとのこと。 4つの衆の共通点は、強い地域共同体、気っ風の良さ、荒っぽさ。刈和野衆と角館衆の2つも持ち合わせているのが我らが柳葉先輩です。閑話休題

◆エピソード4

 1981年の第47回秋田県少年野球大会決勝。グラウンド上では刈和野中VS土崎中、スタンドでは刈和野衆VS土崎衆。0-4で敗戦濃厚の刈和野中の6回の攻撃。1点を返してなおも二死一、二塁の場面。ここで打者はストライクを見逃し三振。主審は三振コール。ところが捕手が最後の球を落球、土崎中捕手はボールを投手側に転がしてベンチに帰りかける。この間に刈和野の二走が本塁へ。プレーは中断。

 このプレーについて揉めに揉めた。刈中側は振り逃げをアピールし、崎中側は審判の三振コールをアピール。なかなか煮え切らない状況に観客席は騒ぎ始める。何せスタンドには刈和野衆と土崎衆。聞いたところによると、「やるならやるぞ」と今にもグラウンドに入ろうとする刈和野衆をなだめる野球部長は大変だったとか。

 試合は結局2-4で土崎中が優勝。スタンドの勝負はどうだったかは分からない。

◆エピソード5

 自分の試合。当時の我々地域の野球はヤジの応酬。やられたらやり返す。ベンチからヤジるのだがヤジる相手がちょっと違う。攻撃中は一塁側だと相手投手だけではなく一番近いファーストも。守備中は打者だけではなくファーストコーチャーも。一人ずつ近い順番に個人攻撃。我々地域はお互い様なので別に問題にもならないが…。そんな理不尽極まりない汚いヤジ文化?がない地域の招待試合に行ったときにもやってしまった。その招待試合に優勝したのだが、なぜか次の年は招待されなかった。当たり前か…。

◆愛あるヤジ文化

 ヤジ文化はいまだに健在。我が刈和野衆が集う500歳野球の「刈和野新和会」チーム。新しいグラブやバットを買ったことがばれるとしばらく大変な目に遭う。エラーしようものなら「グラブに謝れ-」、見逃し三振しようものなら「5万のバット振らないでどうするのよ」などと直ぐさま味方ベンチからヤジられる。ファインプレーをしても「なんといいグラブだもの」とか、ヒットを打っても「5万のバットだもんな」とヤジられる。だからなるべく新しいものを買ったときはばれないようにしているが、絶対に誰かが気付き、そしてみんなに広まる。ここら辺の嗅覚はたいしたもんです。

 愛すべき我が刈和野衆。逸話や伝説はまだまだたくさんあると思われるので、諸先輩たちに取材してまたこの場で紹介したいと思います。

(人生の一滴)

刈和野衆

うるさいはうるさいが

あったかい