スキー滑ってねえなぁ

 「私をスキーに連れてって」

 原田知世と滑っていたあの頃

 ユーミンの曲が、まだ聞こえる

◆スキー三昧

 日の出前に出発し、田沢湖スキー場のかもしかゲレンデの駐車場にリフトが動く前に着き、午前中に20本、昼食をぱっと済ませ、午後に16本滑ったこともあった。30年前はスキー最盛期。毎年ニューモデルのスキーを買っていた先輩からお下がりを貰い滑りに滑っていた。職場ではスキー積み立て。12月はその積立で2泊3日、1月はボーナスで2泊3日のスキー旅行。田沢湖、蔵王、ときには安比高原まで足を延ばしていた。

◆Myスキー

 お下がりではなく自分でスキー板を買ったのがオガサカのユニティ。板の表面にロゴが書かれていて、赤が最高級モデル、次が青、確か一番安いのが緑だったような。青を買ったのだが、リフトに並んだ際に隣に赤を見かけると何となく引け目を感じた記憶がある。長さは一番長い2m越えの板。カービングスキーになった途端、身長で板の長さが決められるのがどうしても腑に落ちなかった。その後は子どもと行くために1mのファンスキー。ストックなしで滑られるので重宝した。

◆やっぱり宴会

 2拍3日の蔵王旅行。行きつけの旅館に着き、早速午後券で滑る。蔵王は3つのスキー場が一緒になったスキー場なので横にとにかく広い。百万人ゲレンデなるコースもある。こぶこぶの斜面で勢いをつけて転ぼうものなら下まで落ちる斜度38度の横倉の壁コースもある。楽しみは夜の宴会。2泊もあるので近くの酒屋で酒やつまみを山ほど購入。もちろん初日で飲み干し、次の日にまた買いに行って店主に驚かれる。二日酔いの2日目は朝から滑り、天気が良ければナイターまで。

◆古き良き蔵王

 1月10日過ぎの蔵王は秋田の教職員で溢れかえっていた。蔵王に向かう奥羽本線の電車内は、車内販売(今はなし)でそれぞれの職場の若手が我先にとお酒類を調達しようとする競争が激しかった。ゴンドラに乗れば秋田の職員だらけ。なぜかゴンドラ内でそれぞれの知り合いにあいさつし合うという変な風景が見られた。山形は既に冬休みを終えていて、宿の小学生がランドセルをしょって登校しているのに、我々秋田組は二日酔いで遅めの朝食。誠にもうしわけない。

◆北海道まで

 秋田市福利課主催、2泊3日のトマムスキー場への格安旅行があった。用具一式をホテルに送り、飛行機とバスで現地へ。さすがは北海道のパウダースノー。田沢の雪とは全く違う。深雪も気持ちよく滑られるのだが、一端転ぶとこれが大変。外れたスキー板を探すためにパウダースノーを探しまくる。場所は変わっても休む度にお酒を飲むのは変わらず、確かズワイガニの脚が山ほどあり、それをつまみに滑るのを忘れて飲んでいたような…。

◆私をスキーに連れてって

 スキーに行かなくなってかれこれ20年。これからスキーをすることがあるのか。昔は転ばなかったが、今はおそらく転ぶ。昔は転んでもケガしなかったが、今は必ず転ぶ、そして怪我する。更に怪我が長引く。老化とともに寒さに対する耐性が著しく落ちてきている。ダメだこりゃ。

(人生の一滴)

 今はもう無茶はできない。
でも、あの頃無茶をしておいてよかったと思う